スカラシップも7年目を迎えました
文化施設の建設から半世紀
経済指標で見ると国内のエンターテイメント産業規模が拡大しているものの、現場にいる感覚からすると、日本の文化芸術を取り巻く状況は「ますます悪くなっている」と感じている。90年代に盛んに議論された公共劇場の理論や00年代に(一旦は)整備された助成金も、創造現場を豊かにしているとは、どうにも感じられない。
文化団体への補助金のカットが問題視されている一方で、いわゆる「ハコモノ」、文化施設それ自体をどう存続させるかの節目に来ている。60年代に建設された公会堂(代表的な例として丹下健三の東京文化会館など)の建設から半世紀が過ぎた。90年代に建設された公共ホール(代用的な例として磯崎新の水戸芸術館など)は、まだ現役の施設が多く残っているが設備の老朽化が問題である。これら施設は、公共インフラとして採算性よりも公共サービスとしての維持運営されることが目指されていたが、今後は「稼ぐ施設」であることを求められるだろう。
芸術団体や文化施設が「公共インフラでなくなっていく」時代が始まるのだと言える。……いや、冷静に考えれば、日本の芸能史では長らく芸能は私的活動であったし、伝統芸能は地域住民に支えられてきたもので、そもそも公共のものではなかったと言える。
こうした傾向は、何も文化施設に限った話ではない。学校、医療機関、介護施設、図書館……あらゆる公共インフラが同じ問題を抱えており、税収の豊かな地域が良い公共サービスを提供することで、収入の多い世帯の集中化が、ますます進んでいくことだろう。
こうした未来予想図の中で「街に劇場があって良かった」「自分の住んでいる地域に公共ホールがあって良かった」と思ってもらえるために、我々芸能従事者はどういう仕事をするべきだろうか。サラリーマン夫婦のたまの休日にエンターテイメントを提供することなのだろうか。テレビや映画に出演する有名俳優が出演する舞台を継続的に興行していくことなのだろうか。経済的に裕福な子どもたちに習い事を提供することなのだろうか。若い子育て家庭の休日の居場所を作ることなのだろうか。あるいは、未来ある才能ある若者たちに活動の場を提供することなのだろうか。あなたなら、東京文化会館の近くに住みたいと思うだろうか。新歌舞伎座はどうか。銀河劇場ならどうだろうか。水戸芸術館が地元にあって良かったと思うだろうか。
ホールの運営を巡る様々な法規制や用途やカテゴリーの峻別を、見直すべきではないだろうか。たとえそれが観光資源の開発であったり、地域活性化という名目であったとしても、何だって良い。現場が生き生きと、誰かにとってかけがえのない上演がそこで行われるならば、どんなやり方だって構わないと思う。公共インフラでなくなっていく未来の中に、人の記憶に残り続ける作品を残したいと、私は思う。
横田宇雄
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